旅コラム2020 インド編

建築家の旅コラム 2020インド編「インドはスパイス」
プロローグ
建築をしている人なら「コルビジェ」「チャンディガル」「繊維会館」の単語を言えば「インド」と続くほど誰もが知っている。しかし僕は「インド」の何を知っているのだろうか?

人口は日本の10倍(約13.6億人)、面積は日本の9倍(3287千km2)、宗教はヒンドゥー教の80%を筆頭に、イスラム教、キリスト教、シーク教、仏教、ジャイナ教と続く。 これだけでも多様性に富んでいる事が推測できる。さらに北はヒマラヤ山脈の高山気候、アーグラのような砂漠気候、南にいけば一年を通じて暑い気候の多様な地理的環境がある。それに紀元前だとヒマラヤ山脈からパキスタンを流れるインダス川流域に発展したインダス文明の影響、ローマ帝国との交流、群雄割拠の時代を経てムガル帝国の統一そしてポルトガルに始まる植民地時代、ガンジーを輩出した独立運動など振り返ってみても覚えきれないほどの多くの国が干渉してきた歴史を持っている。ここまでくると多様性であることが普通に感じる。多様性にはどうしても区別や差別をする人間のサガが存在してくる。感染症による免疫保持者を発端という説もあるカースト制は、人種と人種差別が植民地時代に混同されていった。 1950年インド憲法により「カーストによる差別行為の禁止」が公布された。 とは言え、カーストによる制約も根強く残っているのが現実である。だからカーストに分類されないIT産業が発展したのも頷くことが出来る。 今回訪問したのは中心から十字に4分割した場合の北西の一部分であり、通常のツアーでは行く事が出来ないほど、いや普通行かないだろうというハードな1週間だった。肉体的には一日平均2万歩、これを1週間続け、精神的には騙されまいとする気持ちと、好奇心を併せ持った1週間だった。巡ったのは、インドの一部だけだったが「コルビジェ」以外を知ることができた。

まち
「スラムドッグ$ミリオネア」のイメージが頭の中から離れない。スラム化した街、あふれるゴミ、行方の無い犬・・・・アジアの国を訪れるとよくある風景だ。 どうしても日本と比べてしまうのは日本人だから。 他のアジア諸国と少し違うのは都心部であっても「お牛様」が闊歩する風景、そして床に寝る文化(笑) 床に寝るのは「テロ」か? ガス漏れで倒れているか? 何かよきせぬことを連想させられるがこれも文化・習性と思う事とする。 キュビスムの絵画が並ぶ露店もアジアでは多くは無い。これも同年代を生きたコルビジェ-ピカソの関係からか。

デザイン
宗教とも大きく関わってくるデザインはヒンドゥー教の山や洞窟などを抽象的に、イスラムでは偶像崇拝が禁止されていることから幾何学と文字装飾を用いる。一つの地域でも混在しているのは歴史的に上書きを意味している。近代に入ってくると「黄、赤、緑」の配色も増えてきているのはコルビジェの影響からだろうか?一般の人によるコルビジェの認知度は推測だがメディアの発達から考えて一部の人だけが所謂「コルビジェカラー」を認知していたと思われる。

たべもの
インドと言えばカレー。カレーと言えばインド。あくまでも日本人だけのイメージだ。アジアの国々を旅すると「カレー」のメディア支配から開放される。 反対に、大脳が香辛料に刺激を受け「カリー」に支配され、毎食、スパイスを欲する。 香辛料が持っているそのままの味をベースにして小麦粉の使用も控えめだったり、使っていなかったりしているので胸焼けは無いし、お腹が空くのも早い。ただ注意して食べないと爆弾にも遭遇したりする。店ではカリーを数種類注文し、ナンかライスを選択する。ほとんどのレストランではカリーとナンのおかわりが無料。1ボウルのカリーを複数人でシェアする。 大抵のテーブルではナンやカリーが食べきれずに残っている。 食品ロス自体については詳しくはわからないが、日本と比べると明らかに食品ロスの概念が異なるように感じる。手で食べる人もいればスプーンを使う人もいる。ただ、スプーンがあればだが・・・・ しかし、アーメダバードでの「伝統的なアーメダバード料理」はロウソクの灯の中、ほとんど「やみなべ」の如くスパイスを食した。これはこれでかなりの勇気がいる。

ひと
あやしい人、あやしくない人、悪い人、良い人いつも50%ずつだと思っている。 危険な地域、時間帯には外出はしない。ただ、早朝の朝日が昇る前は出勤や通学の喧騒に紛れ込んで少しばかりの勇気と小銭を持ち、まちを散歩する。それだけでも日昼には見ることができない風景とひとに遭遇したりする。いろんな情報が錯綜する中で、騙される人が多いから騙す人が増えるのか、その逆なのかはわからない。ただ、僕はいい人に出会ったと思っているからhappyだった。
写真・文/橋本雅史

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